【ブルネイ夫婦旅 第2話】滑走路に降り立った瞬間、ここはもう非日常——リスクン・インターナショナルで迎えた初日の夜

旅の出発から数時間、機内のスクリーンに「Time to Destination 0:15」の文字が出たとき、隣で寝息を立てていた妻を肘でそっと突いた。「もうすぐだよ」と小声で伝えると、彼女は窓の外を覗いて「ほんとだ、雲がもう熱帯っぽい」と笑った。

僕たち夫婦は、結婚してからずっと、一緒に旅に出ることを大切にしてきた。「老後の楽しみ」と人は言うけれど、その「老後」が来る頃に体が動くかどうかは誰にも保証がない。今日できることを今日やる。それで貯金が少し減っても、後になって「行っておけばよかった」と思うほうが、ずっと大きな損失だ——妻と二人、そう言い合いながらここまで来た。今回の行き先がブルネイなのも、そういう「いつかは」のリストの中で、ずっと後回しにしてきた国だったから、というのが本音だった。
機体がゆっくりと高度を下げていく。窓の外には、果てしなく広がるジャングルと、点在する川。「マレー半島の先端って、こんなに緑なんだね」と妻が呟く。日本の整然とした水田とはまるで違う、無秩序なほどの森。これから向かう国がどんな場所なのか、空から眺めるだけで少し緊張する。

着陸して、機体が誘導路をゆっくり進む間に、ロイヤル・ブルネイ航空の機体がもう一機、隣のスポットに駐機しているのが見えた。鮮やかな黄色のテールマーク。これが、これから何日かお世話になる航空会社の本拠地なんだと、改めて実感した瞬間だった。

空港のミントグリーン、入国審査の静けさ
ブルネイ国際空港のターミナルは、想像していたよりもずっとコンパクトで、清潔だった。大理石の床にミントグリーンの椅子が並んでいて、空港というより、どこかの大きなロビーのような落ち着き。

入国審査の列に並ぶ。Foreign Passportのレーンに進むと、前にいたのは大きなリュックを背負った若い女性たちと、ヒジャブを被ったマレー系の親子。日本人らしき家族はほとんど見当たらない。妻が「観光地としてはまだメジャーじゃないんだね」と言うが、それが逆にこの旅の楽しみでもあった。混雑していない、誰にも知られていない国を、二人だけでゆっくり歩ける。

審査官は寡黙な男性で、パスポートを開きながら「How long?」とだけ尋ねた。「Six days for vacation」と答えると、無言でスタンプを押してくれた。それだけ。何の盛り上がりもない、淡々とした入国だった。けれどその淡々さが、なぜか心地よかった。観光客に媚びない国、というか、慣れていない国、という感じ。
荷物を待つ間、ほぼ無人のターンテーブルを眺める。隣の電光掲示板にはマレー語の文字が踊っていた。「Selamat datang」——ようこそ、という意味らしい。あとで宿の人に教わった。


外に出た瞬間、もう汗ばむ空気
スーツケースを引いて到着ロビーに出ると、観光案内のマップが大きく掲げられていた。Bandar Seri Begawan(バンダル・スリ・ブガワン)というのが、これから向かう首都の名前。発音できるようになるまで、数日かかった。

外に出た瞬間、ぬるい空気が顔に触れた。「あ、もう汗かきそう」と妻が言うのと同時に、僕も同じことを感じていた。日本を出たのが朝、肌寒いくらいだったのに、ここはもう完全に夏。ターミナル前のヤシの木が、青空に向かって伸びている。

タクシー乗り場は屋根付きで、白いタイルの広いスペース。タクシーの数はそれほど多くないけれど、雰囲気はゆったりしていて、客引きもなく、急かされない。「東南アジアっぽくない、上品な空港だね」と妻が呟いた。確かに、バンコクやマニラとは違う、独特の落ち着きがある。

宿までの車中、街並みを眺める。郊外の住宅街、新しいモスク、商店の看板。「Million Goldsmith & Jewellery」と派手に書かれた金の店の前を通り過ぎる。妻が「金の文化、強そうだね」と笑う。後で調べたら、ブルネイは華僑の影響もあって、金細工屋がやたらと多い国だった。日本の銀行だらけの街並みが、ここでは金細工屋に置き換わっている、と例えると分かりやすいかもしれない。

王朝風ホテル、リスクン・インターナショナルへ

宿はThe Rizqun International Hotel。事前に妻が探してくれた、地元では有名なシティホテルだ。エントランスに着いた瞬間、思わず「うわ」と声が出た。重厚な石造りの外観、アーチ状の天井、ランタンのような吊り下げ照明。日本で例えるなら、昔の帝国ホテル別館のような風格がある。

ロビーに足を踏み入れると、さらに圧倒された。中央に巨大な大理石の柱と、層になったバルコニー。天井は丸く吹き抜けで、シャンデリアが燦然と輝いている。「これ、本当にこのお値段で泊まれるホテルなの?」と妻が小声で訊いてきた。後で計算したら、東京のビジネスホテルより安かった。物価の違い、というより、王室の国だからこういう威厳ある建物が多いのかもしれない。

天井のステンドグラスは、イスラム圏らしい幾何学模様と植物文様が組み合わさったもの。光が透けて、ロビーの大理石を七色に染める。妻はしばらく天井を見上げて、ぽつりと「これだけで来た甲斐があった」と言った。僕も同じ気持ちだった。こういう「来てよかった」を、いくつ積み重ねられるかが、人生の豊かさなんじゃないかと、ふと思った。

チェックインを済ませ、エレベーターで部屋へ向かう。客室階の廊下も、絨毯の柄ひとつとっても丁寧で、安宿で慣れた身には少し気恥ずかしいほど。「我々、似合ってない気がする」と妻と笑い合いながら歩いた。

部屋の扉を開けると、ツインベッドが並ぶ広い空間。壁にはのどかな田園風景の絵が二枚。ベッドカバーにはエンジ色のランナーが掛けられ、枕の上には模様入りのクッション。「うわぁ、新婚旅行に来たみたい」と妻が言って、僕は照れて返事ができなかった。結婚して何年経っても、こういう場面はやっぱり気恥ずかしい。

バスルームを覗くと、白とブラウンの大理石、ダイヤモンド模様のタイル。バスタブもしっかり大きい。日本の安宿のユニットバスとは、まるで別世界だった。

シャンプー、コンディショナー、ボディローション、バスジェル。緑色のラベルにホテルの紋章が入った瓶が四本、整然と並んでいた。「これ、全部使い切る前にチェックアウトだろうな」と妻が笑う。それでも、こういう小さな丁寧さが、旅の気分を底上げしてくれる。

カーテンを開けると、バンダル・スリ・ブガワンの街並みが眼下に広がっていた。低層のショップハウスがアーケード状に連なり、その向こうに緑の丘。「STOCK CLEARANCE」と書かれた赤い看板が、なぜか妙に異国情緒を増している。日本のビル街とはまったく違う、人の暮らしがそのまま見えてくるような景色。
初日の夜、結局たどり着いたのはジョリビー
部屋に荷物を置いて、空腹に気づいた。機内食は食べたけれど、もう何時間も前のこと。妻と顔を見合わせて、「とりあえず何か食べに行こうか」とどちらからともなく言い出す。

夜のショッピングモールを覗くと、目に飛び込んできたのは赤いハチのキャラクター——フィリピンのファストフード、ジョリビー。ブルネイにも進出しているらしい。アラビア文字の看板と、フィリピン発のキャラクターが並ぶ風景は、この国の多文化な性格をそのまま映していた。本当はもっとローカルな店に行きたかったけれど、初日くらいは「無難に」と妻と相談して、結局チキンとライスのセットを二つ。意外に美味しくて、妻は「これだけでも来てよかった」と笑った。冗談みたいな台詞だけど、実は本気で言っているのが分かる、というのが長年連れ添った夫婦の妙なところだ。
「思い出を貯金する」という生き方
ホテルに戻る道すがら、妻が「ねえ、今日って何度目の海外?」と聞いてきた。指折り数えると、二人で出かけた国はもう二桁になっていた。「全部覚えてる?」「もちろん、全部」「私もだよ」。ありきたりな会話だけど、こういうのが一番、心に残る気がする。
旅というのは、後から振り返ったとき、銀行の通帳を眺めるのに似ている。ただし、貯まっているのはお金ではなく、思い出。残高が増えるたび、人生が少し豊かになる気がする。働いて、貯めて、また旅に出て、また働く。その繰り返しが、僕たちなりの「将来の後悔を最小限にする」生き方なのだと、ロビーのシャンデリアを見上げながら、改めて思った。今日この一日、たしかに「貯金」できた。
明日からは、いよいよブルネイ観光の本番。世界一豪華と言われる王宮や、水上集落カンポン・アイールにも行く予定だ。長くなったので、その続きはまた次の話で。
連載「ブルネイ夫婦旅」は、第3話に続きます。





