ヴァンヴィエン2日目の朝、私たちはホテルを出た瞬間から空気が違うと感じた。前の日に乗った熱気球の興奮がまだ体のどこかに残っているせいか、足取りが軽い。「今日は川に行こう」と夫が言い出したのは、朝ごはんを食べながらのことだった。

ヴァンヴィエンのナムソン川沿いのリバーサイドカフェとカルスト地形の山々

ナムソン川沿いのカフェに腰を下ろして、私たちは地図を広げた。ヴァンヴィエンでカヤックができる場所はいくつかあると聞いていて、現地のスタッフに教えてもらって歩いて10分ほどのレンタルショップに向かうことにした。川沿いの道をのんびり歩きながら、ふと思った。旅って、こういう「なんでもない移動」が一番好きかもしれないって。


ヴァンヴィエン2日目、カヤックに挑戦するまで

ヴァンヴィエン郊外の川岸でカラフルな熱気球が地面に展開されている

レンタルショップに着くと、カラフルなカヤックがずらりと並んでいた。スタッフのお兄さんが「日本から来たの?」と流暢な英語で話しかけてくれて、私たちがうなずくと「ナムソン川、最高だよ。行ってきな」と笑顔で送り出してくれた。

ヴァンヴィエンのナムソン川沿いにカラフルなカヤックが並ぶ

ライフジャケットを着て、簡単な漕ぎ方のレクチャーを受ける。夫は慣れた様子でカヤックに乗り込んでいたが、私は正直、少し怖かった。子どもの頃に海で流されそうになった記憶があって、どこか水に対して苦手意識があった。それでも「行ってみなければわからない」という気持ちが、体を動かした。


ナムソン川を漕ぐ——カルスト地形と清流の中へ

ヴァンヴィエンのカルスト絶壁とナムソン川、ライフジャケットを着た人たちが乗るボート

漕ぎ始めてすぐに、怖さは消えた。川の流れがゆるやかで、両岸にそびえ立つカルスト地形の岩山が圧倒的に美しかった。ラオスに来るまで、「カルスト」という言葉すら知らなかった。ゴツゴツとした石灰岩の山が青空に突き刺さるように立っていて、その麓を静かな川が流れている。こんな景色が現実にあるんだと、パドルを漕ぐ手が一瞬止まった。

ヴァンヴィエンのナムソン川とカルスト地形の山々、川にはボートが浮かんでいる

川の上では時間の感覚がなくなる。「次のカーブを曲がったらどんな景色が待っているんだろう」という期待感と、「この今この瞬間を覚えていたい」という切実な思いが交互に押し寄せてきた。夫と二人で並んでパドルを漕ぎながら、言葉はほとんど交わさなかった。でも、それが心地よかった。同じ景色を同じタイミングで見ている、ただそれだけで十分だと感じた。


川岸のカフェでひとやすみ——水の上で気づいたこと

ラオス旅行の風景写真

2時間ほど漕いだところで、カフェを見つけて上陸した。川沿いに竹でできたような簡素なお店で、チャイとフルーツを頼む。ライフジャケットを脱いで、川を眺めながら冷たいドリンクを一口飲んだ瞬間、体の力がふっと抜けた。

ラオス旅行の風景写真

「なんか、こういうの好きだね」と夫が言った。特別なことは何もしていないのに、なぜこんなに満たされた気分になるんだろう。私はしばらく考えてから、「旅って、日常から切り取られた時間だから、全部が特別に感じるのかもね」と答えた。夫は少し考えてから「でも、日常でもこういう瞬間ってあるんじゃないか」と言った。そのひとことが、なぜかずっと頭に残っている。旅の途中でちょっとだけ深い話をするのが、私たちの旅行の恒例になっている。


タレーブアデーンの記憶が、川の上で戻ってきた

タレーブアデーンのピンクの蓮の海パノラマ全景

川の上で漕ぎながら、ふと数日前に訪れたタレーブアデーンのことを思い出した。あの蓮の湖。ボートで水面を進みながら、ピンク色の蓮の花が地平線まで広がっていた風景。あの静けさと、息をのむような美しさは、頭の中に焼きついたまま消えない。

タレーブアデーン湖一面に広がるピンクの蓮の花と青空

「蓮の湖、また行きたいな」とナムソン川の上でつぶやいたら、夫が「また来ようか、ラオス」と言った。また来る。そういう言葉が自然に出てくる旅先に出会えたことが、すごく嬉しかった。旅は終わりに近づいていたけど、「終わり」というよりも「次への序章」みたいな感覚があった。今この旅を大切にすればするほど、次の旅への期待感と力が積み上がっていく気がした。


ヴァンヴィエン最後の夜——インフィニティプールとランタンの灯り

ヴァンヴィエンリゾートの夜のインフィニティプール、吊りランタンが水面に映っている

夜、リゾートのインフィニティプールへ向かった。昼間の川の疲れが心地よく残っていて、温かいプールに体を沈めると全身の力が抜けた。プールの水面には吊るされたランタンの灯りが映っていて、揺れるたびにきらきらと光を散らしていた。これがラオスかと、もう一度感じた。ラオスは、ゆっくりと時間が流れる国だ。観光地化されている場所もあるのに、それでもどこかに「急がなくていい」という空気が漂っている。

プールサイドの椅子に腰かけて、夫とビールを一本ずつ飲んだ。「日本に帰ったらまた仕事だね」と夫が言う。「うん、でも帰ってからも、この感覚を少し持ち帰れたらいいな」と私は答えた。旅先で感じた「今日を丁寧に生きる」という感覚を、日常に持ち込めたら。毎日の一杯のコーヒーを、もう少し丁寧に味わえたら。そんなことをプールの中で考えながら、ゆらゆらと浮いていた。


メコン川の夕日と、ラオスへの最後の別れ

メコン川の対岸に沈む鮮やかな赤とオレンジの夕日

翌朝、私たちはヴィエンチャンへ向けてバスに乗った。車窓からラオスの田園風景が流れていく。水田、水牛、自転車で通学する子どもたち。日本では絶対に見られない風景が、あっという間に後ろへ消えていく。なんだか惜しくて、窓に顔をくっつけてずっと見ていた。

【旅のはじまり】関西国際空港でのトランジット

ヴィエンチャン空港に着いて、帰国の手続きをしながら、ふとスマートフォンのカメラロールを開いた。この旅で撮った何百枚もの写真が並んでいた。熱気球から見下ろしたナムソン川の朝霧。蓮の湖で出会ったおばあさんの笑顔。洞窟の入口で手をつないで撮った写真。どれも、それぞれ「その一瞬」だった。もう一度同じ場所に行っても、まったく同じ写真は撮れない。だから、旅は一期一会だ。

「ありがとう、ラオス」と心の中でつぶやいた。そしてそれは、この旅を計画してくれた夫へのありがとうでもあった。


旅のあとに思うこと——今日を生きることと、後悔しない選択

家に帰って数日が経つと、旅の疲れも癒えて、少しずつ日常が戻ってきた。でも、何かが変わった気がする。朝の通勤電車の中でふと、「今日も丁寧に過ごそう」と思えるようになった。

私が旅をし続ける理由のひとつは、「後悔を最小限にするため」だと思っている。仕事が忙しいから、お金がないから、子どもが生まれたら行けなくなるから——そういう「後で行こう」の積み重ねが、いつか大きな後悔になることを知っている。だから今、夫と行けるうちに行く。見られるうちに見る。感じられるうちに感じる。

ラオスの旅は、そんな私たちの「今日を大切に」という気持ちに、改めて火をつけてくれた。タレーブアデーンの蓮の湖も、ヴァンヴィエンの熱気球も、ナムソン川のカヤックも、夜のランタンのプールも——全部、今しか見られなかった景色だ。そしてそれが、「思い出」という名の貯金になって、私たちの中に積み上がっていく。

旅をすることは、今を生きながら、同時に未来の自分への贈り物を用意することだと思う。老後に「あの旅は良かったな」と語れるエピソードが、ひとつ増えた。次はどこへ行こうか。もうすでに、そんなことを考え始めている。

——連載#6はここまで。次回は旅のまとめと、ラオス旅行に行くなら知っておきたいことをお伝えします。最後まで読んでくれてありがとうございました。