夫婦で巡るラオス旅〜ルアンパバーンの朝、托鉢の僧侶たちに包まれた静寂と「今を生きる」という言葉【連載#7】

けーちゃんです。妻と二人で続けているラオス・東南アジア旅の連載も、気づけば七回目になりました。前回はヴァンヴィエンでカヤックを下って、夜はプールサイドで「これからの話」をしたところまで書きましたね。あの夜の続きは、翌朝のミニバスから始まります。今回は古都ルアンパバーンに足を踏み入れた数日間のことを、できるだけ飾らずに書き残しておこうと思います。

ヴァンヴィエンから北へ、6時間半のミニバス旅
朝5時半。まだ薄暗いヴァンヴィエンの宿の前で、迎えに来たミニバスに乗り込みました。妻は「眠い…」と小声で言いながらも、しっかり水のペットボトルとお菓子を握りしめている。うちの夫婦の旅って、いつもこうなんです。私が地図と時間を心配して、彼女が補給と機嫌を担当する。今回もそのバランスでルアンパバーンへ向かいました。
山道に入るとすぐに、車内は無言になりました。カーブのたびに身体が傾いて、隣の妻と肩がぶつかる。中国人のバックパッカーが袋を抱えて青い顔をしていて、運転手のおじさんはそれを横目で見ながらクラクションを鳴らしていました。途中の峠で休憩したとき、雲の上に村が見えて、思わず二人で「うわぁ」と声が出たのを覚えています。

ラオスの北部って、ガイドブックに載っている写真より、ずっと深くて、ずっと静かでした。観光地化されすぎていない、でも完全な秘境でもない、その絶妙な距離感が私たちには合っていました。妻が「来てよかったね」とぽつりと言ったとき、ああ、これがこの旅の正解なんだろうな、と思いました。

ルアンパバーンの朝、托鉢に包まれた静寂
翌朝5時半。妻と私は宿の前で、まだ眠っている街の空気を吸いながら立っていました。ルアンパバーンの早朝といえば、僧侶たちの托鉢(タックバート)です。オレンジ色の袈裟をまとった若い僧から、しわの深いお年を召した僧まで、列をなして無言で歩いていく。それを地元の人たちが膝をついて、もち米やお菓子をそっと差し出していきます。

私たちは観光客が陥りがちな「ばしゃばしゃ写真を撮る」ことはしませんでした。前日にガイドブックで読んだんです。フラッシュをたくのは無作法、列に近づきすぎるのもダメ、と。代わりに少し離れた寺の門のあたりで、ただただ眺めていました。妻は途中から手を合わせていました。宗教を信じていなくても、自然とそうしたくなるような静けさがそこにはありました。

後で振り返って思うのは、あの瞬間がこの旅でいちばん「今を生きている」と感じた時間だったかもしれない、ということです。未来のことも、過去のことも、頭から消えていた。ただ目の前のオレンジ色と、街灯の白さと、霧の匂いだけがあった。もし家にいたら、私はあの時間スマホを見ていたんだろうな、と思います。

クアンシーの滝、青すぎる水と笑い声
午後はトゥクトゥクをチャーターして、クアンシーの滝へ向かいました。片道30キロ、悪路を1時間。妻は「また内臓が揺れる旅だね」と笑っていました。ところが滝の入口に着いた瞬間、あの揺れも疲れも全部吹き飛びました。最初のプールに広がる水の色が、エメラルドというよりもう「ありえない青」だったんです。

石灰岩の地形がつくる天然のプールが何段にも重なっていて、観光客たちが歓声を上げながら泳いでいました。私たちは水着を持ってきていなかったので、足だけ浸して、岩の上に並んで座っていました。妻が「冷たい!」と言いながら水を蹴ったしぶきが、夕日に光って跳ねたのを覚えています。あの瞬間、あ、僕はこの人とでよかった、と理屈抜きに思いました。


滝の最上段まで登ると、轟音と白いしぶきの中に虹が架かっていました。若いカップルが自撮り棒を伸ばしてはしゃいでいて、私たちはそれを見ながら、ベンチに腰掛けて持ってきたバナナを分け合いました。派手なポーズは要らない、とお互いいつの間にか落ち着いてしまった夫婦でも、こういう景色の前では同じくらい興奮できる。それが私たちの旅の続いている理由なのかもしれません。
プーシーの丘から眺めた、ルアンパバーンの夕陽
翌日の夕方、街の中心にあるプーシーの丘に登りました。頂上までの石段は328段。妻が数を数えながら登ってくれたので、私は息切れしながらも数を忘れずに済みました。途中、地元のおばあさんが小鳥の入った籠を売っていて、「放してあげると徳が積めるよ」と微笑んでいました。悩んだ末、私たちは買いませんでした。商売のために小鳥を捕まえるサイクルになるのは違うかな、と二人で話したからです。

頂上に着くと、メコン川とカーン川が合流するところに、太陽がゆっくり沈んでいきました。オレンジ色とピンク色が、雲の縁を縫うように広がっていって、街の屋根が金色に染まる。誰も大きな声を出さず、シャッター音だけがぱしゃぱしゃと聞こえる、不思議な静けさでした。妻が「お父さんとお母さん、こういうのきっと好きだよね」と言って、少し涙ぐんでいました。


二人とも、両親の体力があるうちにいつか連れてきたいね、と何度も話しました。でも同時に、いま私たち二人がここに立てているこの瞬間こそが、何より大事なんだとも思いました。「将来のために今日を犠牲にしすぎない」というのが、この旅を始めるときに決めたうちの夫婦のルールなんです。

メコン川クルーズと、夫婦で語った「これから」
三日目はメコン川の遅いボートに乗って、パークウー洞窟まで往復しました。片道2時間、ゆったりとした木造のボートで、エンジン音だけが川面を撫でていく。周りの乗客もみんな半分眠っていて、川岸の水牛がじっとこちらを見ていたのが妙に記憶に残っています。

妻と並んで縁に腰掛けて、二人ともそれほど話しませんでした。でも、ふと彼女が「貯金もある程度できたし、そろそろ次の旅、本気で計画してもいい?」と言いました。私は内心、待ってましたと思いました。私たち夫婦は「将来のために貯蓄」だけじゃなくて、「将来のために思い出を貯蓄する」ことを大事にしているんです。お金は一定額を超えると幸福度に直結しなくなるという話を、新婚のころに二人で読んだのがきっかけでした。

ボートは洞窟の入口に着きました。中には何百体もの仏像が、棚や岩のくぼみに静かに置かれていて、ろうそくの灯りに照らされていました。古いものはぼろぼろで、新しいものはぴかぴか。新旧が並んで置かれている様子に、なんだか時間の長さを実感しました。私が四十年ちょっと生きてきた間に、ここでは何百年が積み重なっている。そう思ったら、毎日くよくよしていることのほとんどがどうでもよくなりました。

夜のナイトマーケットで気づいた小さな幸せ
ルアンパバーン最後の夜は、メインストリートのナイトマーケットを二人で歩きました。モン族の刺繍が並ぶテントが何百も連なっていて、妻はランプシェードに目を奪われていました。私が値段を聞いている間に、彼女は屋台で揚げたてのバナナケーキを買って戻ってきて、半分こにして食べました。観光地値段でも、たぶん日本だと300円くらい。それで私たちはじゅうぶんに笑えていました。


ホテルに戻る道、街灯の下で妻が「ねえ、私たちさ、わりと幸せにやれてるよね」とぽつり言いました。派手な成功も、大きな出世も、私たちにはありません。でも、こうして手をつないで知らない街を歩けて、ご飯がおいしくて、笑える話題がまだ尽きていない。それで十分なのかもしれない、と私は思います。
旅を終えて思うこと〜「今日」を大切に、「思い出」を貯めて
ルアンパバーンを出る朝、空港行きのバンの窓から、もう一度この街を眺めました。托鉢の風景、滝の青い水、丘の上の夕陽、川のうえの木造ボート、ナイトマーケットの黄色い灯り。全部、たぶん死ぬ前に思い出すたぐいの記憶になりました。そしてそれは、お金で買ったものではなくて、二人で時間と体力を使って取りに来たものでした。

「今日を大切に生きる」「将来のために思い出を貯蓄する」「将来後悔する数を一つでも減らす」。私たち夫婦が結婚するときに決めた、たった三つのルールです。でも、そのルールがあったからこそ、忙しい日常の中で「今行こう」「今飛行機を取ろう」と踏み切れた。もし全部「いつかね」で済ませていたら、このページを書くこともなかったわけです。

次回の連載では、ルアンパバーンからメコン川を遡って国境を越え、タイ北部のチェンライに入った話を書こうと思います。おんぼろのスローボート二日間、想像以上に過酷で、想像以上に美しかった旅です。もしこの記事が、画面の向こうの誰かの背中を、ほんのちょっとでも押せたら嬉しいです。「いつか」じゃなくて、「いま」予約してみる。それだけで、人生は思った以上に動き出します。では、けーちゃんでした。次回もどうぞお付き合いください。





