【ブルネイ夫婦旅 第6話】水上集落の朝と「ラフレシア」との奇跡の出会い——ボルネオ・ジャングルで感じた命の不思議

前回、テンブロン国立公園のジャングルと急流を満喫した翌日のこと。「今日はちょっと街ものんびり歩こうか」と妻が言い出したのが、この日の始まりだった。でも結果として、この日がブルネイ・ボルネオの旅のなかで一番忘れられない一日になった。旅ってそういうものだ。計画通りにいかないときほど、心に残る出来事が待っている。
ロイヤル・レガリア博物館で「スルタンの世界」に触れる
朝一番に向かったのは、ロイヤル・レガリア博物館。前にも訪れたことがあるのだが、妻が「もう一度じっくり見たい」と言い張ったので再訪することにした。入場は無料で、ブルネイのスルタンにまつわる貴重なコレクションが展示されている。

入り口を抜けると、真っ先に目に入るのが黄金色の儀式用傘の群れだ。黒い台座の上に立ち並ぶ傘は、それぞれ精巧な刺繍と装飾が施されていて、遠目から見てもその絢爛さが伝わってくる。床には青と金の鮮やかな模様のカーペットが敷き詰められていて、まさに王宮の世界だ。
「日本にはないスケール感だね」と妻が言った。本当にそう思う。ブルネイの国力と、スルタンへの敬意がこの博物館のすみずみにまで宿っている。

館内の展示エリアには、戴冠式で使われた純金の馬車や、各国の国家元首から贈られた品々が並んでいる。写真撮影は一部エリアのみ可能で、展示物の一つひとつにその時代の記録が詰まっている。スルタン・ハサナル・ボルキアの治世がいかに豊かで文化的に充実しているか、歩いているだけでわかってくる気がした。
ブルネイの街を走る——清潔で穏やかな「豊かな国」
博物館を出て、レンタカーで市内を少しドライブした。ブルネイの道路は整備が行き届いていて、車線もきれいに引かれている。信号の少ない大通りに出ると、交差点の真ん中に大きなモニュメントが立っていた。

ヤシの葉をモチーフにした緑と金のデザインで、青空に映えて堂々としている。こういう「国の象徴」を街の中心に置くあたり、ナショナルアイデンティティへの誇りが感じられる。妻がスマホを向けたが、車の中からだったのでうまく撮れなかったらしく「また今度ちゃんと降りて撮りたい」とぼやいていた。
王宮の近くを通ると、門の前の花壇が目を引いた。星型に区切られたエリアにオレンジ色の花がびっしりと咲いていて、背後の装飾的な鉄柵と相まってとても絵になる。

ブルネイは観光地でもあるが、「観光客向け」に過度に作り込まれた感じがしない。街の人々は穏やかで、道路は清潔。日常がそのまま旅の風景になっている国だと思う。
荘厳なモスクの礼拝堂へ
この日はモスクの内部見学もできた。観光客でも非礼拝時間に見学できるモスクがブルネイにはいくつかあって、今回も案内に従って礼拝堂に足を踏み入れた。

天井の高さに圧倒される。アーチ形の構造の中に、白とゴールドを基調とした装飾が施されていて、シャンデリアが静かに輝いている。絨毯の模様は整然としていて、礼拝者がここで祈りを捧げる様子が自然と頭に浮かんだ。
信仰の場に足を踏み入れるのは、いつも少し緊張する。でも、その緊張が礼儀というものだとも思う。脱靴してスカーフを借り、静かに見学させてもらった。非信者でもこうして迎え入れてくれることへの感謝を忘れないようにしたい。
午後の出発前に、ゆっくりランチ
少し歩き疲れたので、雰囲気のいいレストランで昼食をとることにした。ブルネイのレストランは意外と「ちゃんとしたご飯」が食べられる場所が多くて、旅行中でも胃が疲れにくいのが助かる。

頼んだのはマッシュルームのクリームスープとアイスティー。スープにはオリーブオイルとクリームのデコレーションが施されていて、見た目もきれいだった。ちょっと歩いた後の体に染み渡る優しい味。妻は「これ、日本でも食べたいな」と言いながらスープをゆっくりすくっていた。
食事しながら、「午後はカンポン・アイエルのボートに乗ろうか」「それからサバ州に向かうのはどうだろう」と相談した。計画は緩やかで、それがちょうどいい。
ボートでカンポン・アイエルへ——川の上から見るブルネイ
ブルネイ川沿いの桟橋からスピードボートに乗り込んだ。川を渡って水上集落「カンポン・アイエル」を訪ねるのは、ブルネイ観光の定番コースだ。でも何度来ても、水の上から見る景色は新鮮に感じる。

川面を滑るようにボートが進む。空には大きな積乱雲がわき上がり、水面に白く映っていた。こういう雄大な空を見るたびに、赤道に近い場所にいることを実感する。対岸に近づくにつれ、水の上に建てられた家々の姿が大きくなってきた。
川の向こう側に目をやると、水上集落の奥にモスクの白いドームが見えた。

高床式の家々の上に、モスクの白い塔が静かにそびえている。この光景がブルネイのシンボルだと思う。「世界にはこんな暮らし方があるんだ」と、来るたびに思う。海の上に村を作り、代々そこで生活している人々の知恵と逞しさに、毎回頭が下がる。
マングローブ林とテンブロン川の静寂
そのままボートを川下に向けてもらった。しばらく進むと、川岸にマングローブ林が現れた。

水面からにょきにょきと伸びるマングローブの根が、複雑に絡み合っている。この根が潮の満ち引きの中でも倒れずに立つための仕組みだと聞いたことがある。陸でも海でもない、境界の生き物。そういうたくましさが、なぜか人間の生き方とも重なって見えた。
テンブロン川に入ると、川幅が広がって空が大きく見えた。両岸に緑のジャングルが続き、水面には雲の影が映っていた。エンジン音が遠ざかる瞬間、川の静けさがはっきり感じられた。

妻がしばらく無言で川を見ていた。「何か感じてる?」と聞くと、「なんか、自分が小さいなって」と言った。そうだよな、と思った。自然の中に放り込まれると、人間のスケール感が変わる。都市で暮らしているとつい忘れてしまうことを、ここにいると思い出させてもらえる気がする。
さらに進むと、ジャングルが川に覆いかぶさってきた。木の枝が水面すれすれまで伸び、緑の天井を作っている。こういう原生林の中を進む感覚は、テーマパークでは絶対に味わえない。

国境を越えてサバ州へ——山が近づいてくる
夕方前に陸路でマレーシア・サバ州へ向かった。ブルネイとマレーシアは陸続きで、国境を越える手続きは比較的スムーズだ。パスポートにスタンプを押してもらい、少し走るともう別の国になっている。
サバ州に入ると、道路の傾斜が増してきた。山の中腹を走るルートで、カーブの先に町の景色が広がった。

緑の丘陵に家々が点在し、入道雲がそびえ立つ空の下に赤と青の屋根が見える。「東南アジアの山の町」という雰囲気で、涼しくて過ごしやすかった。
さらに山を上っていくと、ヤシの木越しに山の頂が見えてきた。あの山がキナバル山だ。

標高4000メートルを超えるキナバル山は、東南アジア最高峰のひとつだ。ずっしりとした山容が空を割くように立っていて、見ているだけで圧倒される。「あそこに登る人たちがいるんだよね」と妻が言った。私たちには登山計画はなかったが、麓から眺めるだけでも十分な存在感だった。
キナバル公園近くの市場で地元の空気を吸う
キナバル公園に近づくと、道沿いに市場があった。テント屋台が並び、観光客と地元の人が入り混じっている活気のある場所だ。

ドラゴンフルーツ、バナナ、地元のハーブ、干し物——日本ではなかなかお目にかかれないものがずらりと並んでいる。「これって何に使うの?」と妻が屋台のおばちゃんに聞くと、にこにこしながらマレー語と英語が混じった説明をしてくれた。うまく聞き取れなかったが、薬草の一種らしかった。
旅先の市場が好きだ。そこに行くと、その土地の人々の暮らしがぐっと近くに感じられる。観光スポットよりも、こういう日常の場所に立つことで「旅に来た」という実感が増す気がする。
ブーゲンビリアが咲き誇る山の宿
この日の宿は、キナバル山麓の小さなロッジだった。入り口に大きなブーゲンビリアが咲き乱れていて、ピンクと赤の花が建物の壁一面を覆っている。

「こういう宿、当たりだな」と思った瞬間があった。予算を抑えながら旅をしているので、宿選びはいつも妥協の連続なのだが、たまにこういう宿に出会う。花があるだけで、その場所が特別になる気がする。
部屋に荷物を置いて、山の方を眺めた。霞がかかっていて頂は見えなかったが、森の緑が眩しかった。夜は虫の声だけが響いていた。
翌朝、森へ——そしてラフレシアとの出会い
翌朝、地元のガイドに案内してもらい、キナバル国立公園近くの森を歩いた。目的は一つ——ラフレシアを見ること。
ラフレシアは「世界最大の花」として知られる植物だ。宿主植物の根に寄生して生き、葉も茎も花柄も持たない。開花期間はわずか数日間で、咲いているタイミングに立ち会えるかどうかは運次第だ。
うっそうとした熱帯雨林の中を30分ほど歩いた。足元には落ち葉と土。天井のように広がる木々の葉から、時折陽が差し込む。

途中、植物の説明板が立っていた。「SARCANDRAE(サルカンドラエ)」という薬用植物の解説で、QRコードから詳しい情報にアクセスできるようになっている。ガイドが「この森には食べられる植物や薬になる植物がたくさん生えている」と教えてくれた。人間が生きていくための知恵が、ここの森にはずっと蓄積されてきたのだと思う。

そして、ガイドが足を止めた。
「あそこ」と指さした先に、それはいた。

直径50センチ以上はあるだろう、赤茶色の巨大な花が、地面にどっしりと咲いていた。言葉を失うとはこのことだ。
5枚の厚みのある花弁が外側に広がり、中心に深い穴がある。全体に白い斑点が散らばっていて、生き物というより「何かの器」のような不思議な形をしている。ラフレシアは「死体花」とも呼ばれ、腐肉に似た臭いを放って虫を引き寄せて受粉する。近づいてみると確かに、独特の発酵したような匂いがした。でも不快というよりは、生命の現場にいるという感覚。
「本当にあったね」と妻がつぶやいた。
この花が咲くのはほんの数日間。咲いたタイミングで、この森に来て、この場所にいられた。それだけのことだが、そのことが積み重なって旅になっていくのだと思う。旅に出なければ絶対に見られなかったものが、世界にはまだまだある。
アドベンチャータワーと森の賑わい
ラフレシアの感動を抱えたまま、近くのアドベンチャーエリアへ向かった。ジャングルの中にそびえるクライミングタワーが目を引いた。

若い旅行者たちが次々と挑戦していた。見ているだけでも迫力がある。「来年来たらやってみようかな」と妻がぽつりと言った。来年また来る気でいるのか、と少し嬉しくなった。
ナイトマーケットで一日を締める
夜はナイトマーケットへ。屋台の食べ物がずらりと並んでいて、地元の人たちで賑わっていた。

揚げたてのスナックをいくつかつまんで、その日の振り返りをした。ロイヤル・レガリア博物館から始まり、モスク、カンポン・アイエルのボートツアー、テンブロン川、サバ州への移動、そしてラフレシアとの出会い。詰め込みすぎかもしれないけれど、どれも確かな記憶として残っている。
「今日一日で、ずいぶんいろんなものを見たね」と妻が言った。「旅ってこういうものだよな」と私は答えた。
旅先で見たもの、感じたこと、驚いたこと——それが「思い出の貯蓄」になっていく。将来、どこかでこのラフレシアのことを思い出したとき、「あのとき行って本当によかった」と感じるはずだ。今日を大切に生きること。それが、未来の自分への一番の贈り物だと思っている。
次回は、コタ・キナバルの町歩きと帰路についてお届けします。





