夫婦で巡るラオス・タイの旅〜タレーブアデーンの蓮の湖が私たちに教えてくれたこと【連載#4】

この連載も、気づけばもう4回目になりました。ラオスに来てから、毎日が新しい発見の連続で、正直なところ更新が追いつかないくらいです(笑)。今回は旅の中盤から後半にかけて、特に印象に残っているシーンをまとめてお届けします。


夫と「次はどこ行く?」と話しながら、ローカルバスに揺られた時間。目的地も行き当たりばったりで、地図アプリをほとんど使わずに動いていました。ラオスでの旅がこんなに自由で気持ちいいとは、正直思っていなかったです。日本にいると、常に「次の予定」「仕事の締め切り」が頭の中にあるじゃないですか。でも、ここでは朝起きて、空の色を見て、今日どこへ行くかを決める。それだけで充分な気がしてきました。
ヤシの木の一本道と、ふたり乗りのバイク


ある日の午前中、夫がレンタルバイクを借りてきました。ふたりで乗るのは学生ぶり……いや、もしかしたら付き合って最初の旅以来かもしれません。ラオスの田舎道は、本当に長いヤシの木の並木が続いていて、その影が路面に描く縞模様がなんとも言えず美しかったです。
「こういう道、昔から好きだったんだよな」と夫がつぶやきました。そう言えば、子どもの頃の夏休みに自転車でよく走った道を思い出すと言っていたっけ。旅って、そういう古い記憶を呼び起こしてくれる場所でもあるんですよね。


バイクで走ること1時間ほど。途中で通りがかった小さな村では、子どもたちが手を振ってくれて、思わずふたりで笑顔を返しました。観光スポットでもなんでもないのに、こういう何気ない瞬間が旅の宝物になるんだなと、しみじみ感じました。道の端に座っているお年寄りが遠くを見ている様子、羽をやすめる鶏、夕方近い光を浴びた木々——全部が、生活の匂いがして、ここに人が暮らしているんだという当たり前のことに、胸が温かくなりました。
乾季の湖岸に現れた干潟と、のんびり水牛たち


バイクで走っていると、ふと目に入ってきたのが広大な湖岸の干潟でした。乾季ならではの景色で、水が引いた湖底がむき出しになっていて、そこに水牛の群れがのんびりと草を食んでいます。
「あ、水牛だ!」と思わず声が出てしまって、夫と並んでしばらく見つめてしまいました。急かされることもなく、ただそこに存在している水牛たち。なんというか、羨ましくなってしまって(笑)。今日一日、ご飯を食べて、歩いて、仲間とくっついて。それだけで生きていける動物の姿を見ていると、私たちって随分と複雑に生きているんだな、と思ったりして。


その後も、ふたりで湖岸をぶらぶらと歩きました。泥の匂い、草の青さ、水鳥の声。五感がフルに使われている感じがして、都会のオフィスで過ごす時間とは全然ちがう「生きている実感」がありました。夫は「ここ、写真に撮りたい」と言いながら、スマホをしまいませんでした。私は、写真より記憶に焼き付けようと思って、目を閉じてみました。そういう役割分担も、長い旅だからこそできることかもしれません。
湖畔テラスレストランで食べるラオス料理


お腹が空いてきた頃に、偶然見つけたのが湖畔に建つテラスレストランです。ラオスの伝統建築を模した造りで、木の梁と高い天井が印象的。窓の外には湖が広がっていて、風がそっとカーテンを揺らしていました。
メニューはタイ語とラオス語しかなくて、店員さんに身振り手振りで「おすすめは?」と聞いたら、笑顔でいくつかの皿を指差してくれました。出てきた料理はどれも素朴だけど、香り豊かで本当においしい。「なんの野菜かわからないけど、うまいな」と夫が言いながらモリモリ食べていました。


食後に頼んだのは、冷たいコーヒーとライムジュース。テラス席に移動して、ふたりでぼーっと湖を眺めていました。「こういう時間って、贅沢だよね」と私が言ったら、夫が「うん、でも贅沢かどうかって、お金の話じゃないんだよな」と返してくれました。そうなんです。贅沢って、時間と気持ちの余裕なんだと、この旅で何度も感じています。どこか高級なホテルに泊まることより、こうやってテラスでふたりぼーっとしている時間の方が、何倍も豊かに感じられます。
タレーブアデーンへ〜蓮の湖をボートで渡る体験


翌日は少し足を伸ばして、タイ側のウドンタニ県にあるタレーブアデーンへ向かいました。「蓮の湖」として知られるこの場所は、毎年11月から2月頃が見頃なのですが、私たちが訪れた時期でも一部に蓮の花が残っていました。国境を越えて別の国へ日帰りで行けるのも、東南アジア旅行ならではの醍醐味です。
入口ゲートを抜けると、すぐに屋台が並んでいます。揚げバナナや揚げタロイモ、カラフルな串焼きなど、目でも楽しめるラインナップ。タイ語で書かれた看板が並ぶ中、「まず食べよう!」と夫と意見が一致して(笑)、揚げバナナをふたりでかじりながら奥へ進みました。衣がサクサクで、中のバナナがとろっとしていて、これが本当においしかった。歩きながら食べる屋台グルメって、なんでこんなに格別なんでしょうね。


ボートに乗って湖の中へ進むと、視界一面に蓮の花と葉が広がります。水面がほとんど見えないくらい、緑と淡いピンクで埋め尽くされた景色。白鷺がひゅっと飛んでいくたびに、夫がカメラを向けていました。遠くに見える寺院のシルエットと蓮のコントラストが、まるで絵のようで。私は思わず「ここ来てよかった」と声に出してしまいました。
ボートを降りた後、湖畔のレストランで休憩。タロイモ入りのココナッツミルクデザートを頼んだら、これが絶品でした!甘さ控えめで、タロイモのほっくりした食感が、冷たいミルクと絶妙に合う。夫は「また食べたい」と言いながら、私の分まで狙っていました(笑)。旅先で出会う味って、家に帰ってから恋しくなるんですよね。再現しようとしても、あの場所と空気があってこそ、なんだなあと思います。
夕日が染める空と、ふたりでいることの意味


タレーブアデーンからの帰り道、夕暮れ時に差し掛かりました。バイクで走りながら、右手の地平線がオレンジ色に染まっていくのを見ていました。こういう時、ヘルメットの中で「ああ、この瞬間、生きてるなあ」と思うんです。大げさじゃなく、本当にそう感じる。
旅を始める前、私は「毎日同じことの繰り返しで、何のために働いているんだろう」という気持ちになることがありました。夫も同じだったと後から教えてくれました。でも旅に出て、ふたりでこうして空を眺めていると、「今日という日を、ちゃんと使えたな」と思える。それだけで充分じゃないか、って。
夫が言いました。「老後に後悔しないようにって、ずっと節約して貯めてきたけど、旅に使うお金って、使うんじゃなくて積み立てるんだよな。思い出として」。それを聞いて、なんか泣きそうになりました(笑)。そうなんです。お金の貯蓄より前に、思い出の貯蓄。今日を大切にすることが、将来の自分への一番の贈り物なんだと思います。将来、老いた私たちが「あの旅、行ってよかったね」と笑い合えることが、今の頑張りの意味なんだと。
まとめ〜旅する理由は、将来の自分へのプレゼント


今回のラオス・タイの旅を通じて、夫婦ふたりで改めて感じたのは「今日という日の大切さ」です。毎日仕事をして、家に帰って、また仕事をして——そのループの中では気づきにくいけれど、旅に出ると「今日、何を感じて、何を見て、何を食べたか」がくっきりと残ります。それが思い出という名の貯蓄になって、将来の自分を豊かにしてくれると信じています。
年を重ねてから「あの時行っておけばよかった」という後悔をしたくない。体が元気で、ふたりがそろっていて、好奇心がある今のうちに、行ける場所へ行って、食べられるものを食べて、笑える場面を笑いたい。そういう気持ちで私たちはこの旅を続けています。今日を丁寧に生きることが、将来の後悔を減らしていく。シンプルだけど、なかなか日常の中では忘れがちな大事なことを、この旅が毎日思い出させてくれます。
次回は、ラオス北部へ向かう前に立ち寄ったある小さな町のことを書きます。どこかのんびりしていて、でも忘れられない場所。お楽しみに。最後まで読んでいただきありがとうございました。旅の途中から更新しているので、時々遅れることもありますが、けーちゃんと夫の旅日記、これからもどうぞよろしくお願いします!





