【ラオス旅行記④】旅の終わりに見た絶景——蓮の湖に別れを告げて、ラオスを後にした朝のこと

ラオスに来て、もう5日が経っていた。
帰国便は翌朝。ということは、今日が実質的にラオス最後の丸一日になる。前の晩からそれがわかっていたのに、どうしても気持ちの整理がつかなくて、結局ほとんど眠れなかった。リゾートの部屋はエアコンが効きすぎていて、タオルケットだけじゃ少し寒かった。でも窓の外から聞こえる水の音が心地よくて、しばらくそのまま横になっていた。この旅で何度も「もう少しだけ時間が欲しいな」と思ったけど、最終日の夜はその気持ちが特に強かった。
朝6時、リゾートの庭園を独り占めした時間
結局5時半ごろに目が覚めて、そのまま外に出ることにした。東の空がうっすらとオレンジ色に染まりかけていた。

リゾートの庭園に出てみると、人工の滝が静かに流れていた。葉っぱに朝露がついていて、まだ誰も起きていない。こんな時間に庭園を独り占めしている自分は、なんだかとても贅沢な気分になれた。ラオスのリゾートって、こういう「人がいない瞬間の静けさ」がすごくいい。空気がひんやりしていて、鳥の声と水の音しかしない。旅の最終日の朝に、こんな時間が持てるとは思っていなかった。
30分ほどぼーっとしたあと、チェックアウトの準備を済ませ、最後にもう一度あの場所へ行くことにした。タレーブアデーン——蓮の湖だ。
最後の朝、もう一度だけ蓮の湖へ
ゲストハウスのスタッフに頼んで、バイクを早朝に返す前にもう一走りさせてもらった。朝7時前にタレーブアデーンに着くと、昨日とはまったく違う表情が待っていた。観光客はまだほとんどいなくて、地元の漁師さんが小舟を出しているのが見えるくらい。

光の角度が全然違う。朝の低い日差しが蓮の葉に斜めに当たって、緑がもっと深く、もっと鮮やかに見える。湖面には朝もやが薄くかかっていて、まるで別の世界に来たみたいだった。昨日の昼過ぎに来たときも十分すぎるほどきれいだったのに、朝はさらに静かで透き通った空気があって、それだけで印象が全然違った。「朝に来てよかった」と心の底から思えた瞬間だった。

パノラマで見ると、本当に湖全体がピンクに染まっている。360度どこを向いてもハスの花が咲いていて、その向こうに水平線のような地平が広がっている。写真では伝わりきらないのがもどかしいくらいの景色で、ここに来ることができただけで、この旅は成功だったと思えた。
ボートで湖を渡る——最後の時間
昨日も乗ったボートだけど、今朝も乗りたかった。船着き場に行くと、船頭のおじさんは自分の顔を覚えていてくれていたらしく、「また来たか」みたいな表情で笑ってくれた。ラオス語はほとんどわからないけど、そういう笑顔って国境を越えて伝わるもんだなと思う。

ボートの上から見る景色は、やっぱりここが一番きれいだと思う。遠くに白鷺が一羽飛んでいて、その向こうに寺院のシルエットが霞んで見えた。波紋ひとつない水面が鏡みたいに空を映していて、しばらく声も出なかった。エンジン音だけが聞こえて、風がそっと頬をなでていく。「また来たいな」とぼんやり思いながら、ボートを降りた。
帰り道——あのヤシの一本道を最後にもう一度
蓮の湖を後にして、バイクで帰り道を走り始めた。昨日と同じヤシの一本道。でも今日は気持ちが少し違う。「最後だ」ってわかってるから、走りながら道の端々がやたらと目に焼き付く。

朝の光がヤシの葉を透過して、道路に細長い影を作っている。昨日の夕暮れ時とはまた違う表情で、なんか新鮮だった。バイクを少し止めて、深呼吸した。この空気、この感覚、ちゃんと覚えておきたかった。誰かに説明しようとしても上手く言葉にならないあの感じ——ただバイクで走っているだけなのに、なんでこんなに気持ちがいいんだろう、という感覚。きっとこの道のことは、かなり先まで覚えているだろうなと思う。
観光ゲートに立ち寄って、庭園をもう一度歩いた
帰り道に昨日も立ち寄ったゲートが見えて、また吸い寄せられるように中に入ってしまった。入場料は確か数千キープだったけど、もう惜しくなかった。昨日は昼間に来たので観光客が多かったけど、今朝はほとんど人がいない。整備された庭園をのんびり歩いて、地面に落ちた花びらを眺めたりした。

ゲートのライトアップは朝でも点いていて、光と朝日が混ざった不思議な雰囲気になっていた。庭師のおじさんがひとり、黙々と落ち葉を掃いていた。こういう時間ってお金では買えないな、と思う。有名なスポットに人が押し寄せる前の、素の顔みたいなものが見られる気がして、早起きして良かったと改めて感じた。
水牛たちに、最後の挨拶
湖岸の道を走っていると、昨日も見かけた干潟のエリアに差し掛かった。水牛の群れはまだそこにいた。朝早い時間だからか、昨日よりも数が多い気がした。

バイクのエンジンを切って、しばらく眺めていた。水牛って、なんであんなに動じないんだろう。一頭がこちらを見て、また下を向いた。「もう帰るの?」って言ってるみたいで、思わず笑ってしまった。ラオスにいると、動物も人も、みんなどこかのんびりしているように見える。急ぐことへの抵抗みたいなものが、この国全体に流れている気がする。それが心地よくて、日本に帰ってまたせかせか動き始めることへの抵抗感が、じわじわと湧いてきていた。
最後の夕日と、いちばん長く道端に止まった時間
昼ごろに一度リゾートに戻って荷物をまとめ、最後に少しだけ街の方を走った。チェックアウトは済ませていたので、荷物を預けてバイクをもう一時間借りた。夕方4時過ぎ、空がまた橙色に変わり始めた。

観光地のゲート付近は夕日をバックにした景色が特にきれいで、行き交うトゥクトゥクや原付バイクのシルエットがいい感じに溶け込んでいた。こういう光の中を走っていると、時間が止まればいいのにと本気で思う。

道の端にバイクを止めて、地平線に沈んでいく太陽をただ眺めた。5日間、毎日この空を見てきたけど、今日の夕日が一番沈むのが早く感じた。さっきまで空いっぱいに広がっていたのに、あっという間に消えてしまった。当たり前のことなのに、なんだか寂しかった。
湖畔レストランで、最後の夜ごはん
夜は湖畔のテラスレストランに行くことにした。ゲストハウスのスタッフに「地元の人も行くようなとこない?」と聞いたら、連れて行ってくれたのがここだ。

木の柱に繊細な彫刻が施してあって、天井が高くて、湖の方に向かって開け放たれているから風がよく通る。ラオスの伝統建築って、こうやって自然と一体になるように作られているんだなと改めて思った。注文したのはラープ(ひき肉のサラダ)とカオニャオ(もち米)、それに地元のビール「ビアラオ」。ラープは香草がたっぷりで、少し辛くて、もち米と合わせると最高においしかった。
隣のテーブルにいた地元のファミリーが時々こちらを見てくれて、目が合うたびに微笑んでくれた。英語は通じなかったけど、それでもなぜかあたたかい時間だった。最後の夜ごはんとしては完璧すぎた。
ラオスを離れる前に思ったこと
宿に戻ってから、荷物をパッキングしながらぼんやり考えていた。
ラオスって、なにかが「すごい」国じゃない。ビルがあるわけでも、夜景が輝くわけでも、買い物ができるショッピングモールがあるわけでもない。インフラも整っているとは言えないし、Wi-Fiが弱いところも多い。でも、それがいい。蓮の湖の静けさ、ヤシの木の一本道、水牛がのんびり歩く干潟、地平線に沈む夕日——こういうものを「すごい」と思える自分でいられることが、なによりも旅に来た意味だったんだと思う。
翌朝、早起きして空港に向かった。空港のロビーで搭乗を待ちながら、ラオスの空気を最後に吸い込んだ。少し土くさくて、湿っていて、でもどこか甘い匂いがする。これがラオスの匂いだと、勝手に思うことにした。
次の連載では、ラオスを離れた後の話を書いていこうと思う。
また来るよ、ラオス。






